ドラマ
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第38号(2014年)おたより(15)に押井監督の「ドラマ」の定義に関する質問。
アニメスタイル2000第2号 押井守アニメスタイル「アニメも実写も『映画』なんだ」 P82(2000年)
イノセンス創作ノート 人形・建築・身体の旅+対談 P301(2004年)


僕も、ドラマっていう要素が映画にホントに必要なのかは、いつも考えてる。
多分、それは口実であって、ホントはドラマは要らないと思ってるけどね。
アニメスタイル2000第2号 押井守アニメスタイル「アニメも実写も『映画』なんだ」 P62(2000年)

人間の心理的葛藤というやつに興味がないだけであって、人間の存在そのものや人間とそれをとりまく世界――要するに「人間という状況」には深甚な興味を抱いています。
イノセンス創作ノート 人形・建築・身体の旅+対談 P11(2004年)

ブレードランナー』の寿命を保ってる細大の理由はふたつあると思う。ひとつは、圧倒的なビジョン=世界観があるということ。映画は世界観なんですよ。ドラマが見たいならTVドラマを見てればよろしい。物語だったら小説を読んだ方がおもしろい。人物像とかキャラクターということでいえば、文学作品を読んだ方がいい。人間を深く描きだすことにかけては映画よりも向いてるから。 たかだか2時間もない映画というメディアが他のジャンルより優れている部分というのは、結局ビジョンなんです。見る者を張り倒すような衝撃を与えることができるビジョン。これは他のどんなメディアにもマネできないものです。
押井守、『ブレードランナー』を語る!(2007年)

いつも言ってるけどドラマをやるんだったら、テレビの方がいい。もっと言うなら、本当にドラマの面白さがあるのは実はラジオドラマだよ。
勝つために戦え!〈監督篇〉「第十回 樋口真嗣の理論」P215(2010年)

映画ってやっぱりドラマを追求するものじゃなくて、世界観を追求するものだなという一種の確信を持った作品なので。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第2号(2012年)

世界観

押井守の「世界の半分を怒らせる」。第35号(2014年)おたより(4)に押井監督の「世界観」の定義に関する質問。


だけど押井さんに言わせると「世界観というのは物の見方なんだよ。要はお前がどういうふうに世界を見ているのかというのが世界観で、それに従って物を作らなきゃいけない」と。だから、そんなややこしいことを考えなくていいんだよって言われたんです。自分がどう政治を見ているのか、あるいはどう世界を見ているのかというのが世界観なんだと、それはずっと肝に銘じていますね。
「パトレイバー」実写版監督、押井守の勝敗論を暴く!:日経ビジネスオンライン(2013年)


犬の気持ちは、わからない 熱海バセット通信(2000年)


そのころかな、一時期学校の中で犬飼ってて、犬といっても野良犬なんだけど、学校の中で飼ってて、学校に来るたびにえさやって夏休みになるとみんないなくなっちゃうじゃない。しょうがないから僕が夏休み帰る家もなかったから、下宿から学校に通って、えさをやりに通ってたんですよ。その犬が出産に失敗して死んじゃったんですよ。それもあって、そのころから犬への思い入れはあったんだけど。
ロマンアルバム イノセンス押井守の世界 PERSONA増補改訂版 P33(2004年)

SF

脚本

女優

 

レイアウト

 

汝あからさまに盗むなかれ

映画は国境を超えない

ゲーム


必要な情報だけで作り上げたものって所詮その程度のものになっちゃう、どうしてもね。ゲームって本来そういうものだったはずだってさ。だからプレイする側がいろんな遊び方ができた。いろんな興味で遊べた。なんとなく今のゲームは一通りしかできない気がしてる、相当無理しないと違う遊び方ができない。映画はお客さんの数だけ違う見方をしているし、違う映画を実現しているんだよね。
HIDECHAN! ラジオ 第48回 (06.04.17) - HIDEOBLOG(2006年)

最近は80%、YouTubeしか見てないから。しかもYouTubeでゲーム見てるだけ。映画より面白いもん。みんな違うから。100人の人間がそれぞれ違う印象で席を立つっていうのを地で行ってんのがゲームなんだよね。100人が100人、違う物語を見てる。
実写版『攻殻機動隊』を見て押井守監督は何を思ったのか?:「僕に言わせれば相当奇妙な映画だと思う」(2017年)

それで、格闘ゲームってなぜこんなに面白いんだろうか、ということでずいぶん考えたんですよね。僕はゲームが大好きなんですが、基本的にはRPG専門プレーヤーと言ってもいいぐらいなんですね。
武道のリアル「第7部 格闘ゲームのリアル――ゲームにおける快感原則とは」 P208(2011年)

『劇場版 エースをねらえ!


ハリウッド映画の脚本


辻本:「ハリウッドの脚本は優れてる」って押井さんから最近よく聞きますけど、 じゃ押井さんもそういう脚本を書くのかというと、そういうことじゃないのね?
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第76号(2015年)

やっぱりハリウッド作品の脚本はすごいと。自分で映画を作ったり、脚本を書くようになって分かった。
押井守監督が『GARM』、鈴木敏夫、『まどか☆マギカ』を語る(2)(2016年)

時間
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第34号(2014年)


これは師匠にも「アニメの演出の本質は時間軸をどう操作するかだ」って言われてた。
勝つために戦え! 出崎統篇(2011年) P9

パトレイバー』の頃に僕が試みたのは、動画として動かさないことで、アニメーションの映像のなかに「経過する時間」をもたらそうってことだった。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第5号(2012年)

この欄でその全てを語ることはできませんが、ごく搔い摘んでいえば実写のレイアウトにはレンズ云々以前に「時間」が込められており、アニメのそれには永遠に「時間」が流れないということに尽きます。さらに簡単にいうなら(本当は 簡単に言えないのですが)実写のレイアウトは「変化」することに本質があるということです。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第55号(2015年)

映画というのは、最終的に時間を実現するものだと思っていて、その映画のシーンだけに流れている特殊な時間をどのように表現するのか。それは客観的かつ物理的な時間とは違って、心理的な時間なんです。
映画『東京無国籍少女』監督 押井 守さん(2015年)

長回し/カット割り
スカイ・クロラ The Sky Crawlers 絵コンテ』(2008年)


長回しにするというのは、いろんな理由があるんだけど、基本的にそのキャラクターの時間はカットを割るとなくなっちゃうんだよ。説明のためにカットを割るのは簡単だし、そのほうがテンポがいいかもしれないけど、肝心な時間が何も映らない。
『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』 押井守監督、真野恵里菜、筧 利夫インタビュー後編(2015年)

だけど師匠が俺に言ったのは「長回しのカットを恐れるな。根拠もないのにカットを割るな」というさ。もっとはっきり言えば「根拠がなければカットを割るな」と言ったの。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。77号(2015年)

ダレ場


僕らの若い頃は、師匠には「ダレ場が大事だ」って言われてた。
アニメスタイル2000第2号 押井守アニメスタイル「アニメも実写も『映画』なんだ」 P63(2000年)

異化効果
高畑監督と異化効果 - Togetterまとめ
イノセンス創作ノート 人形・建築・身体の旅+対談 P302(2004年)


鈴木「補足っていうのも僕が言うのもアレなんですけれども,今のブレヒトの話ですが,押井さんは異化効果というのを意識している人ですよね.本人もそれを広言している.だから,押井さんはI.Gで作った『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』にしても,そのつもりであると.だから『人狼 JIN-ROH』という映画を観て僕が非常におもしろかったのは,押井さんは脚本の段階ではそれ(異化効果)をやっているのに,監督がそうじゃないものにした非常におもしろいケースだなと思ったんです」
井上塾 講義録 特別講座「高畑勲監督を迎えて」その1(2000年1月29日)(2000年)

鈴木敏夫:異化効果っていつ覚えたの?
押井:べつにだってそんなの常識じゃない。昔さ、(ベルトルト・)ブレヒトという演劇の人間が初めたんだけど、お客さんに感情移入させないというさ。感情移入しようとするとちょっといろんなことをやってもう1回それをあらためて舞台なんだとか、これは映画なんだよということに客観的に立ち戻らせるというさ、そういう演出テクニックの話なんだけど、なぜそういうものが必要だったのかという話だよね。それは確かに興味あるよもちろん。好きだったし。
川上:じゃあ感情移入させないように作ってるってことですか?
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第4号(2012年)

距離感があるからこそ、いろいろ考えながら観ることができるのが映画のよさ。その意味で、僕は自分の作品にあえて感情移入“させない”努力をしてきた
映画も読書も、内容を楽しみながら、観たり読んだりしている自分をどこかで意識しているじゃないですか。その自意識が失われると、つまり作品との距離感がなくなってしまうと、この仕事は成立しないんですよ。理性的に踏みとどまれる領域で、没入感や多幸感をどう演出するかを考えるものなので
押井守はVRの時代をどう見るか?「人間はどうやってモノを学ぶようになるんだろう」(2017年)

キャラクター、ストーリー、世界観


ただ僕はさ、「それは逆だと思うよ」という話をしたの。まず世界観があって、それからキャラクターがあって、それから最後にストーリーを考えればいいんだよというさ。だってそういう順番でものを作れるのは映画だけだもん。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第4号(2012年)

小林七郎氏からレイアウトを学ぶ
アニメスタイル2000第2号 押井守アニメスタイル「アニメも実写も『映画』なんだ」 P70(2000年)
勝つために戦え!〈監督篇〉 P78(2010年)
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第36号(2014年)
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第55号(2015年)

師匠・鳥海永行氏
押井守の世界 シネマシネマ 「映画における演出」第3回(2008年)
押井守の世界 シネマシネマ 「映画における演出」第4回(2008年)
『他力本願―仕事で負けない7つの力』(2008年) P227
勝つために戦え! 出崎統篇 P9,10,11,20,25(2011年)
武道のリアル P164-P170,P186(2011年)
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第13号(2013年)
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第21号(2013年)
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第26号(2013年)


僕はじゃあ師匠に何を訊いたんだろうってさ。具体的に何か教えてもらったって感じじゃないんだよね。
幾つか原則を言われて、あとは自分がやった作品のラッシュをチェックしてもらって。
これが一番効いたんだけどさ。
時々そのプロジェクター止めるわけですよね。で、「このカットはなんでこういう風になるんだ」ってさ。
「前のカットとこのカット、どういう風につながってんだ」っていうさ。
事細かに毎回やられるんですよ。
で、師匠が座ってて、僕がそばで立ってるんだけどさ。
あの人は立って訊けって主義なのね。人にもの教えてもらうときはそもそも立って訊けっていうさ。
終わるまで座れないわけですよ。
まあ、それは別にその頃は足も丈夫だったし、別になんとも思わないんだけどさ。
今思うとそれが一番役に立ったかなっていうさ。
押井守の世界 シネマシネマ 「映画における演出」第2回(2008年)

映画は終わり方から考えて作るもので、それがうちの師匠(鳥海永行)の教えだから。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。第10号(2013年)

いまの若い監督の最大の不幸は師匠がいないこと。俺は師匠に死なれて初めて気がついたんだよ。見てもらいたい人間がいなくなって途方に暮れた。俺が葬式で大泣きに泣いたというのは、そういうことなんだよ。突然、放り出されちゃった。
押井守の「世界の半分を怒らせる。」【号外特別号】(2015年)

だけど師匠が俺に言ったのは「長回しのカットを恐れるな。根拠もないのにカットを割るな」というさ。もっとはっきり言えば「根拠がなければカットを割るな」と言ったの。
押井守の「世界の半分を怒らせる」。77号(2015年)

困った時のアルドリッチ

リドリー・スコット氏